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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2590号 判決

控訴人

右訴訟代理人弁護士

真鍋能久

増田正典

被控訴人

山一證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

吉田清悟

主文

一  控訴人の当審予備的請求二を棄却する。

二  当審右請求に関する訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人(当審予備的請求二―その余の請求は上告審で確定している)

1  被控訴人は、控訴人に対し金三〇六四万五六〇〇円及びこれに対する平成三年五月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被控訴人

主文同旨。

第二本件訴訟の概要及び経過

一  本件訴訟の概要及び経過は次のとおりである。

1  控訴人は、第一審で、証券会社である被控訴人が株式買付を勧めるに当たりいわゆる損失保証契約をしていたとして、被控訴人に対しその損失保証契約に基づき、株価の下落等によって生じた損失の支払いを求めた。

2  第一審は、右損失保証契約を締結した事実が認められないとして、控訴人の請求を棄却した。

3  控訴人は控訴し、差戻前控訴審で、右損失保証契約に基づく請求を主位的請求とした上で、予備的請求一、二を追加した。予備的請求一は、右損失が発生した後に被控訴人との間で右損失を補てんする旨の契約がなされたとして、その損失補てんの契約に基づき、主位的請求と同額の金員の支払いを求めるものであった。予備的請求二は、株式買付を勧めるに当たり被控訴人の被用者から株価が必ず上がる旨の断定的判断の提供がなされ、その結果前示の損失が生じたとして、不法行為(使用者責任)に基づき主位的請求と同額の損害賠償を求めるものである。

4  差戻前控訴審は、右損失保証契約及び損失補てん契約は、いずれも公序良俗に反して無効であるとして、控訴人の主位的請求に関する控訴及び控訴審での予備的請求一を棄却した。また、予備的請求二についても、控訴人が主張する断定的判断の提供と株式買付の間に因果関係がないとして、請求を棄却した。その理由はこうである。控訴人は、提供された断定的判断を信じて本件買付をしたのではない。むしろ逆に、それが信用できなかったからこそ損失保証を求め、これが得られたので本件買付をしたのである。したがって、右断定的判断の提供と本件買付との間には因果関係が存しないものといわざるを得ない。

5  控訴人は、上告した。上告審は、損失保証契約が公序良俗に反して無効であるとした差戻前控訴審の判断を是認し、主位的請求に関する上告を棄却した。また、予備的請求一の損失補てん契約に基づく請求に関しては、上告理由の提出がないとして、上告を却下した。しかし、予備的請求二の不法行為に基づく損害賠償請求に関しては、断定的判断の提供と本件買付との間に因果関係がないとした差戻前控訴審の前示の認定判断は是認できないとする。そして、上告審は、差戻前控訴審判決中右予備的請求二に関する部分を破棄して、右断定的判断の提供が社会通念上許容された限度を超えるものであるかなど不法行為の成否について更に審理をさせるため、この部分を当裁判所に差し戻した。

二  そこで、当裁判所は、右差戻にかかる予備的請求二(不法行為に基づく損害賠償請求。前示のとおり当審での新請求にあたる)につき右の不法行為の成否の検討を契機として、事件全般について審理し判断する。

第三右請求についての当事者の主張

一  控訴人(請求原因)

1  控訴人は、昭和六二年八月から、証券業を営む被控訴人(千里中央支店)と証券売買取引を続けてきていた。

2  平成二年八月中旬ころ、千里中央支店の支店長Bは、新任の営業次長Cを同行して控訴人の事務所を訪ねた。B支店長は、Cは東京の仕手グループと密接な繋がりがあり、Cにかなり信頼性の高い情報が入る、東京の売り注文のときに詳しい情報が入るなどと話した。更に、仕手グループとして、「整備グループのD」とか「a楽器」という具体的な仕手筋の名前を挙げた。そして、B支店長は、同月三〇日に、電話で「本州製紙は世間を騒がしているが、八〇〇〇円くらいまでは行く。日本軽金属も二〇〇〇円くらいまでは行く。仕手筋の情報であり堅い」旨の断定的判断を提供して、控訴人に対し右各株式の買付を勧誘した。

3  その結果、控訴人は信用取引で次の株式の買付をした。

① 平成二年八月三〇日 日本軽金属 二万株 単価一三七〇円(信用取引株式の配当落ち後の修正単価は一三〇〇円七三銭)。

② 同日 本州製紙 五〇〇〇株 平均単価四八六〇円。

4  その後、B支店長は、控訴人に対し、「日本軽金属が下がっているから押し目買いのチャンスである。またぶっ飛ぶから」などと株価が急騰する旨の断定的判断を提供して、日本軽金属株のさらなる購入を勧誘した。

5  その結果、控訴人は信用取引で次の株式の買付をした。

③ 同年九月六日 日本軽金属 三万株 単価一三〇〇円(前同の修正単価は一二二二円七〇銭)。

(以下、各取引は、右①ないし③の番号で特定する)。

6  その後、控訴人は、右各株式の株価が一割以上、下がったら売却するように言っていたのに、B支店長は、「本州製紙は、また仕手が入っているから戻る、日本軽金属も二〇〇〇円まで行く、必ず戻る」といって売らさなかった。

7  以上のような断定的判断を提供したB支店長の勧誘等は、仕手筋に精通しているからとの具体的な根拠や騰貴する金額まで示したもので、社会通念上許された限度を越えており、違法である。B支店長は、被控訴人の被用者であり、右勧誘等は被控訴人の事業の執行についてなされたものである。

8  その後、控訴人は、①の日本軽金属二万株の内一万株を除くその余の株式について買建株の品受け(現物取引への変更)を指示したが、その代金を決済期限までに支払わなかった。すると、被控訴人は、平成三年三月一九日に本州製紙株を単価一五四〇円、日本軽金属株を単価九七三円で売却してしまった。そのために、控訴人は次のように合計三六一一万九七七八円の損失を受けた。

(一) ②の本州製紙株の売買差益として一六六〇万円。

(二) ①及び③の日本軽金属株の売買差益として一四〇四万五六〇〇円。

(三) 別表≪省略≫(一)のとおりの証券会社手数料及び信用取引利息の合計額四三五万二三三〇円。

(四) 別表(二)のとおりの証券会社手数料、有価証券取引税、譲渡所得税の合計額一一二万一八四八円。

9  これに対し、控訴人は、被控訴人から日計り商いにより五一九万一七九五円の損失の補てんを受けた。

10  よって、控訴人は被控訴人に対し次の金員の支払を求める。

(一) 8項の三六一一万九七七八円の損失から、9項の五一九万一七九五円の補てん分を控除した損害額三〇九二万七九八三円の内金三〇六四万五六〇〇円。

(二) (一)に対する不法行為の後である平成三年五月一六日(訴状送達の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金。

二  被控訴人

1  請求原因に対する認否、反論

(一) 請求原因1を認める。

(二) 同2を否認する。控訴人は損失保証を無効とする改正証券取引法施行後に、初めて断定的判断の提供云々の主張を言いだしたもので、その供述には具体性も信用性もない。そもそも仕手株が頂上近くにまで上昇している時期に、その買付勧誘に断定的判断を提供する馬鹿な証券マンはいないし、それを信ずるような客もいない。

(三) 同3ないし5のうち、①ないし③の各取引の事実を認める。しかし、その余の事実を否認する。

控訴人はこれらの株の買付はその株価の動きについて他社の意見も聞いた上で決断したもので、B支店長の意見、判断と直接的関係はない。また、仮にそれが断定的意見と取られたとしても、それと控訴人の指値注文との間に相当因果関係がない。

(四) 同6を否認する。

(五) 同7のうちB支店長が被控訴人の被用者であり、勧誘が事業の執行につきなされたことを認めるが、行為が違法であることを争う。

B支店長と控訴人とのやり取りは通常行われている程度を越えていない。これが違法となると、証券営業は不能となる。

(六) 同8を認める。

(七) 同9のうち補てん的日計り商いで利益を計上させたことを認める。しかし、それは、品受代金の入金や追証の徴求などをスムースにさせるための営業政策と、強硬な損失補てん要求に対する宥和策にすぎない。控訴人のいうように本件取引の弱み(断定的判断の提供や損失保証など)から行ったものではない。

2  抗弁(過失相殺)

仮に、B支店長の買付勧誘に違法性が認められたとしても、控訴人の損害の発生については、控訴人自身にも重大な過失があり、大幅に過失相殺をなすべきである。すなわち、控訴人は、本件株式が仕手株であることを知悉して取引をしたものであり、また、益出しの売逃げに逡巡して損失を拡大させた過失がある。

三  控訴人

被控訴人の抗弁(過失相殺)事実を否認し、その主張を争う。

理由

第一当事者間に争いがない事実

次の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

1  請求原因1の控訴人と被控訴人千里中央支店との証券売買取引をした事実。

2  同3及び5のうち本件①ないし③の株式買付がなされた事実。

3  同7のうち本件株式買付が被控訴人の被用者であるB支店長の勧誘によりなされた事実、それが被控訴人の業務の執行としてなされた事実。

4  同8のとおり損失が発生した事実。

5  同9の日計り商いにより事実上の損失の補てんがなされた事実。

第二事実の認定

一  前示の当事者間に争いがない事実及び証拠(≪証拠省略≫、証人B[原審及び当審]、控訴人本人[原審、差戻前控訴審及び当審])によると、以下の事実を認めることができる。

1  控訴人は、不動産賃貸等を業とする株式会社第一住建(従業員四〇ないし五〇名、年間売上げ約一〇億円)等の会社を経営し、その代表取締役であった。控訴人は、昭和六〇年ころから、その経営する会社名義等で株式の取引を始め、野村證券、三洋証券、大和証券など数社の証券会社と取引があった。控訴人は、これらの証券会社の相場観の比較をしながら、信頼できる証券会社を選んで、時々の取引の比重を決めていた。

2  控訴人は、昭和六二年八月から、被控訴人の千里中央支店とも個人名義で取引を始めた。また、昭和六三年三月からは、第一住建名義でも取引を始めた。当初は、一〇〇万円単位の転換社債の取引がほとんどであったが、平成元年からは、転換社債の取引額も一〇〇〇万円になると共に、個人、第一住建とも信用取引による数万株単位の株の売買も始まった。取引銘柄も一〇数銘柄に及び、かなり頻繁に売買がなされた。その過程で、控訴人は、B支店長から直接に取引についての勧誘を受けたり、注文を出したりするようになった。

3  しかし、B支店長の勧めに従ってなされた控訴人の株取引は損が出ることが多く、個人名義及び第一住建名義でそれぞれ一〇〇〇万円を超える差損が生じていた。そこで、控訴人は、素人が手を出せるような相場ではないと判断し、平成二年五月ころから、少なくとも被控訴人との関係では、一部を除いて株式の新規取引を控えていた。

4  平成二年八月に、被控訴人千里中央支店の次長として訴外Cが着任した。Cの前任地は新宿駅西口支店であったが、その当時の部下の顧客に仕手筋に非常に近い客があり、Cはその客から本州製紙に関する仕手筋の情報をもらっていた。そして、千里中央支店に来てからも、Cは、支店の営業マンらにそのことを誇示し、同月中ころから顧客に対して本州製紙の株を勧めるようにさせた。そのため、それまでほとんど取引のなかった同支店の本州製紙株に関する取引高が、同月一七日から三一日までの一一営業日に買い一五万三〇〇〇株、売り九万九〇〇〇株と集中的に取り引きされた。ちなみに、本州製紙の株価は、同年五月初めには一六〇〇円台であったが、同月末には二五〇〇円台になり、七月末には三六〇〇円台、八月初旬には四〇〇〇円台に乗せるなど、仕手戦がらみで急上昇していた。

5  B支店長は、C着任後、同人を連れて、控訴人の会社に着任の挨拶に赴いた。その際、B支店長は、控訴人に対し、Cは東京の仕手筋と密接な繋がりがあり、仕手筋の情報に詳しい旨を紹介した。また、その場の話で、本州製紙が仕手株になって株価上昇が見込まれることや、仕手筋として買手側の誠備グループのDや売手側のa楽器の名前が話された。

6  B支店長は、同年八月一三日、控訴人に澁澤倉庫の転換社債一〇〇〇万円の買付を勧めた。そして、その際に、損を取り返そうと言って株取引の再開を働きかけた。控訴人は、相場が難しいとして難色を示したが、B支店長は、今はプロが儲かるチャンスである、自信もあると述べて、株取引の再開を勧めた。

7  同年八月一五日、ヨルダンのフセイン国王がアメリカへイラクの親書を持っていくとのニュースで、湾岸戦争の和平ムードの高まりが報道された。控訴人は、株価上昇の好機であると判断し、B支店長に電話をして相談した。B支店長からは、ナンピン(難平)買いのチャンスであるとの勧めがあり、控訴人は、同日、第一住建名義で住友商事二万株及び東洋エンジニヤリング二万株を信用取引で買受けた。ちなみに、住友商事株は平成元年一二月第一住建名義で信用取引により二万株を買付け、平成二年六月現引きして一四三〇万円余りの損が生じていた株である。また、東洋エンジニヤリング株も、平成二年三月一万株を信用取引で買付けたが、その後の株価の下落により八〇〇万円近くの評価損が生じていた株である。

8  続いて、控訴人は、B支店長の勧めで、第一住建名義で平成二年八月二四日に本州製紙株一万株を買い、これを二七日に売って約一二五万円の売買差益を得た。また、八月二七日に日本軽金属株二万株を買い、二九日に売って約一一三万円の売買差益を得た。また、二九日には、倉敷紡績株式会社三万株を買い、翌三〇日に売って約七四万円の売買差益を得た。これらの取引はB支店長の勧めでなされたものであるが、短期間でそれなりの利益を上げた。控訴人はこれに満足し、やはり株はリズムが大切だと述べていた。本件取引は、これらに続くものである。

9  他方、控訴人は、三洋証券千里中央支店でも取引を行っていたが、同証券のE支店長から、仕手グループからの情報があり本州製紙の株は八〇〇〇円までゆくという話を聞き、取引を勧められた。そこで、控訴人は、E支店長に対し、蹴込んだら責任をとると言わせたうえで、同年八月二九日に、本州製紙株を第一住建名義で信用取引と現物取引を合わせて合計二万株買付けた。さらに、同月三〇日にも本州製紙株を信用取引と現物取引を合わせて合計一万株買付けた。(さらに本件取引の九月一八日にも一万株を買付けている)。

10  ちなみに、本州製紙株は、前示のように五月以降急騰し八月三日に四一五〇円(東証引け値、以下同じ)を付けた後やや低迷していたが、二四日に四一七〇円に戻し、週明けの二七日が四四六〇円、二八日が四六九〇円、二九日が四七三〇円、三〇日が四九九〇円と再び急上昇した。当時の株式新聞には、本州製紙を巡っての仕手戦の報道がなされ、買い本尊が誠備グループであることや、株価の急上昇により売り方が苦境にあることなどが報道された。特に八月三〇日付の紙面には、次のような記事が掲載された。すなわち、本州製紙株が抜群の強さを見せ、株価六〇〇〇円から七〇〇〇円への積み上げの相場突入を占う声が圧倒的である。買い本尊たる誠備グループの売抜けの指摘もあるが、逆に、a楽器など複数の売り方の苦境―買い戻しが相場のバネを築きそうだ、と。

11  もっとも、本州製紙株が一時最高値の五〇二〇円を付けた八月三〇日の翌日三一日の朝礼で、かねてDと連絡を取り合っていると自称していたC次長が、千里中央支店の営業マンに、本州製紙株についてこう話している。株価が、五〇二〇円を付けた意味は、値幅制限が五〇〇円から一〇〇〇円に増えることである。戦争が起きなければ本州製紙株は間違いなく六〇〇〇円を付ける。仕手筋とは毎日連絡を取り合っているので、異変があればすぐに連絡する。俺が保証するから、心配しないで顧客に買いを勧めなさい、と。

12  八月三〇日の控訴人の取引状況は次のとおりである。

(一) 九時〇三分に前日買付けた倉敷紡績株三万株を売注文。

(二) 一〇時〇四分に本州製紙株五〇〇〇株を指し値四八六〇円で買注文(本件取引②)。

(三) 一〇時四一分に日本軽金属株二万株を指し値一三七〇円で買注文(本件取引①)。

なお、右(二)、(三)の取引に当たり、それまでの短期取引で利益を上げ前示のとおり「株はリズムが大切だ」と満足した控訴人が、「次は何がいいのか」と適当な株の推薦を求めた。これに応えて、B支店長が当時相場の中で強い値動きをしている株として推薦し、この取引が行われた。

13  その後、右二銘柄とも当日中に値上がりし、合わせて四、五〇万円の利食いが可能になったことから、B支店長は控訴人に連絡を取った。しかし、控訴人は、それまでと異なって、こう言って短期の利食いを断った。本州製紙株は他社では八〇〇〇円くらいまで行くと言っている、まだ売らない。本州製紙株を最初から売らないで持っていれば八〇〇万円くらい儲かっている。いままでじっとしていた方が良かった。お前のところで手数料稼ぎをさせているだけだ、と。そして、二銘柄とも買付名義を第一住建から個人名義に変更するように依頼した。B支店長は否定したり押し止めたりしないまま買付のためこれに応じて、本件取引①、②をした。これは、それまでと異なり、控訴人個人名義の取引としている。

14  その後、右二銘柄とも値下がりが始まり、心配していた控訴人からは再々の電話連絡があった。そして、同年九月六日、日本軽金属株が戻り初めたため、B支店長は控訴人と連絡を取り、ナンピン買いを勧めた。控訴人は、これに応じて、同日午後二時三〇分に同株三万株を指し値一三〇〇円で買い注文した(本件取引③)。ちなみに、日本軽金属株については、同年八月一六日の株式新聞では、アルミの需要は増大一方で、成長優良株であるとされている。また、同月二八日には、好材料が豊富な数少ない銘柄であり、野村證券が強力介入したとの記事が載り、三〇日にも、値動きがよく、局面打開の両輪であるとはやされていたのである。

二  以上の点につき、控訴人は、こう主張する。八月三〇日の①、②の取引に際し、B支店長が「本州製紙は世間を騒がせているが、八〇〇〇円くらいまでは行く。日本軽金属も二〇〇〇円までは行く。仕手筋の情報であり堅い」旨の断定的判断を提供した、と。そして、控訴人の陳述書である≪証拠省略≫及び原審及び当審(差戻前と差戻後)の各本人尋問の結果中には、おおむね同旨の供述がある。しかし、右供述には、もともとこれを裏付ける的確な証拠がなく、以下のとおり他の証拠によって認められる事情に照らしても、到底これを措信出来ない。

1  前示認定の事実によると、B支店長がC次長のいわゆる仕手筋の情報を参考にしていたことはあり得ることである。しかし、当時、C次長が言っていた株価は六〇〇〇円であり、それをはるかに上回る八〇〇〇円という数字を、B支店長の方から確実な仕手筋の情報として控訴人に伝えたとは考えられない。もちろん、B支店長はその陳述書である≪証拠省略≫並びに原審及び当審の証言で明確にその点を否定している。B支店長の右証言等は、具体的かつ詳細であり、≪証拠省略≫記載の会話の細部はともかく、全体としてみると、これを十分信用することができる。そして、右証言等によると、前認定のとおり、八〇〇〇円という株価はもともと控訴人が他の証券会社から聞いた話として、控訴人の方からB支店長に言いだした数字である。前認定のとおり控訴人からその話を聞いたB支店長はこれを否定したり、本件取引を押し止めようとはしていない。しかし、B支店長は当初から値上がりの可能性を言ったことがあっても、控訴人主張のような断定的判断を示したことはなく、前後の事情に照らしても、B支店長の右言動が絶対に損しないというような断定的判断を示したものとはいえない。

2  控訴人は、②の本州製紙五〇〇〇株買付けの前日である八月二九日に、既に、三洋証券千里中央支店で現物と信用と合わせて二万株を買付けている。また、②の取引の当日にも三洋証券でさらに一万株を買付けている。これは、同証券のE支店長の強い勧めによるもので、八〇〇〇円までゆくというような話もE支店長からでた話である。控訴人はこれに乗って、②の取引の前日と当日にこのように他の証券会社で大量の本州製紙株を買っているのである。そうすると、株数にしてその六分の一にすぎない②の取引に際して、B支店長が既にその情報を知って自分から言い出した控訴人に対しその情報につきさらに断定的判断を伴う確認をしなければならなかったとは思えないし、その断定的判断があったから買付けをしたという控訴人の供述は、信用できない。

3  仮に、B支店長がC次長のいわゆる仕手情報を全面的に信用し、それに従って動いていたのであれば、本州製紙株について短期間での利食い売りを勧めることは通常あり得ないことである。しかし、実際には、前示のとおり、B支店長は、八月二四日(金曜日)買付の本州製紙株一万株を次の取引日(二七日)には利食っており、②の五〇〇〇株も当日中に利食いを勧めている。支店全体としても、三〇日には本州製紙株の買付五万五〇〇〇株に対し売付も四万株あり(≪証拠省略≫)、決して買い一方の動きを示してない。これはむしろ、仕手筋によって経営実態を無視して買上がってきた同株について、買側の売逃げなどを警戒してのことであると考えられる。株式新聞にも売抜けの噂が指摘されている(≪証拠省略≫)。そのような仕手銘柄の不透明な相場の中で、一五年の営業経験を持ち支店長の立場にあるBが控訴人の主張するような断定的な判断を提供することはよほどの特別の事情がない限り考え難い(≪証拠省略≫)。そして、その特別の事情は認められない。かえって、前示のB支店長の証言等によると、被控訴人の千里中央支店は新設の支店で、着実な顧客開拓を主たる目的にする段階にあり、無理に営業成績をあげる必要もなかったのである。

さらに、B支店長は、当時、控訴人を執拗な新発債の催促や言葉遣いなどからして細心の注意を払うべき顧客として分類していたと述べている(≪証拠省略≫、前示B証言)。控訴人が証券会社から一般に警戒される類の客であることは、次項の≪証拠省略≫のやり取りやその証言態度からも十分窺われるところであり、右B支店長の述べることは首肯できる。そのような客に、不用意に断定的判断を示して特定の株の取引を勧めるというようなことはトラブルの元であり、経験ある証券マンとしては通常はしないことである。このような点からしても、控訴人の前示の供述等がいう事実は、前後の事情と矛盾し不自然である。

4  平成二年一〇月二日、B支店長は、C次長と共に、控訴人の事務所を訪れた。目的は、以前の信用取引で値下がりしていた東洋エンジニヤリング株の現引き代金の集金であったが、控訴人は、C次長を退席させた上、B支店長との会話を密かに録音した(≪証拠省略≫、原審での控訴人本人及びB証人)。その際、控訴人は、極めて一方的に強い調子でB支店長を責め立て、買付株の値下がりによる損失の補てんを求めた。そして、B支店長から損失補てんの言質をとろうとして、種々、自分の言分を喋りまくり、強引に同意を求めている。しかし、そこで長時間にわたり繰り返された控訴人の言い分は、まず、株が値下がりした後の時点で、B支店長が穴埋めをするという話をしたということである。あるいは、本件取引の際に、責任を持つと言ったとか、一割下がったら売れと言っておいたというようなことだけである。各取引の際に、B支店長が、本州製紙株が八〇〇〇円になると言ったとか、日本軽金属株が二〇〇〇円になると言ったとか、仕手筋の確実な情報があるといったとかいう話は、全く出てこない。右録音は取引からわずか一か月の時点のことで、双方にとって記憶が鮮明なときのことである。そして、控訴人がB支店長のそのような金額や仕手情報であることを示しての断定的判断の提供により取引をして損を被ったというのなら、最も不満を持っていたこの点を言わないはずはないのである。損失補てんの要求をするのなら、その根拠として真っ先に強調され、録音テープに証拠として残さなければならない。しかし、そのことが全く主張されていないのである。そうだとすると、逆に、そのような断定的な判断の提供の事実自体が、もともとなかったのではないかと考えるのが素直である。控訴人としても、咄嗟にそのような事実を捏造して確認を迫ることができず、話はもっぱら穴埋めをすると言ったとか、責任を持つと言ったとかいう点を、これに類した言辞を捉えて終始言い立てたと解されるのである。

ちなみに、B支店長は、控訴人の右確認要求に対し、損が生じた後に出来る限りフォーローするとやむなく述べたこと自体を認めている。そして、今後とも誠意をもって穴埋めすると言わされている。しかし、取引の前に責任を持つと述べたとか、保証をしたということについては、一部に話の混乱と錯覚はみられるが、全体をとおしてみれば明確にこれを否定している。

5  次に、控訴人は、被控訴人がいわゆる日計り商い等によって、控訴人に対し実質的に五一九万円以上の損失の補てんをしていること(当事者間に争いがない)が、控訴人の主張の裏付けとなると主張する。

しかし、右の損失補てんがなされた経緯は次のとおりであり、これは、断定的な判断の提供の裏付けとならない。

すなわち、B支店長は、前項の一〇月二日の顛末及び話の後で控訴人から録音テープを取ったとして示されたことや、その場でやくざの友達がいるといって脅された経緯などを、直ちに営業本部長に報告した。当時、支店としては、前示の東洋エンジニヤリングの現引き代金として二四〇〇万~二五〇〇万円を一〇月六日までに入金してもらう必要があった。また、いずれは本件各取引の精算も必要になる。そこで、B支店長から当日の事情を聞いた本部側は、これらを円滑に履行させるためには、被控訴人としても一定の誠意を見せる趣旨である程度の損失補てんを行うほうが望ましいと判断した。そこで、本部のディーリングルームから利益の確定した日計り商いの株を控訴人に回すよう指示して、平成二年一〇月一六日から翌三年一月一八日までの間七回にわたって実質的な損失補てんを行った。そして、その見返りとして、前示の現引き代金の入金を得ると共に、本件取引が保証取引ではなく、正常取引であることを確認する意味で面接照合書に署名を得た。しかし、控訴人の損失補てんの要求は性急かつ執拗であり、遂に、被控訴人としてもこれに応じきれなくなり、これを打ち切った(以上、≪証拠省略≫、当審証人B)。

損失補てんの経緯は、以上のとおりであり、ことを穏便に済まそうとして控訴人の要求を一部受け容れたにすぎないものであった。もとより被控訴人が控訴人の本訴で主張しているような断定的判断の提供の事実を認めたからではない。そもそも、前示のとおり、当時は控訴人からもそのような断定的判断提供の主張自体がなされていなかったのである。

三  以上のとおり、本件①ないし③の買付に際し、控訴人が主張するような断定的判断の提供がなされたとの事実は本件証拠上これを認めることができない。

なお、前示のとおり本件差戻前上告審(最高裁)は右断定的判断と本件取引との間の因果関係を論じ、断定的判断があることを前提としたような説示をしている。しかし、民訴法三二五条三項の差戻し判決の拘束を受ける事実上の判断とは職権調査事項につき上告審のした事実上の判断を指し、訴えの本案の事実に関する判断を含まない(最判昭和三六・一一・二八民集一五巻一〇号二五九三頁、最判昭和四三・三・一九民集二二巻三号六四八頁)。

また、一割以上下がったら売却するように言っていたのに売らさなかったとの事実(請求原因6)についても、控訴人の前示陳述書や供述は、にわかに措信できない。他に、右事実を認めるに足る的確な証拠がない。

第三検討

そこで、控訴人の当審請求の当否について検討する。

まず、控訴人主張の「本州製紙は八〇〇〇円くらいまで行く、日本軽金属も二〇〇〇円くらいまでは行く。仕手筋の情報であり堅い」との断定的判断を電話で提供して買付の勧誘をした事実等は、前示のようにその事実が本件証拠上認められない。そうであれば、もはや控訴人の主張する勧誘等が社会通念上許容された限度を超えるか否かを判断することはできないし、その必要もない。この点で控訴人の右主張に基づく損害賠償の請求は既に理由がない。

もっとも、前示認定のとおり、B支店長は、新任のC次長が仕手筋と密接な繋がりがありその情報に詳しいといって控訴人に紹介している。また、その際控訴人に本州製紙株を仕手株となり株価上昇が見込まれるとし、仕手筋の名前まで挙げて推薦している。そのことは、証券会社の一般的な営業姿勢としてみると、問題がないわけではない。そこで、これが社会通念に照らして許容されるか否かが問題になる。

しかし、前示認定のとおり、控訴人は、数社の証券会社の相場観を比較しながら、時々の取引の比重を決め、信用取引で株の売買を頻繁に繰り返していた顧客である。控訴人は、当時本州製紙株が仕手筋であることを十分知りながら、仕手戦に便乗して利益を得ようとして、本件取引の前後に、他社の情報に基づいて合計四万株もの本州製紙株を買付けている。そのような顧客に対して、B支店長が、そのことを知らずにC次長が仕手筋の情報に通じていることを紹介し、また、仕手株を推薦して短期の利食いを勧めたとしても、社会通念に照らし、未だ違法性があるとはいえない。したがって、右行為により不法行為責任が成立する余地はない。

他に、控訴人主張の不法行為責任を認めるに足る的確な証拠がない。

第四結論

以上の次第で、控訴人の当審予備的請求二は、その余の点について検討するまでもなく理由がないから、これを棄却する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治)

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